伐採が進んだインドネシアの森 再生のカギはキノコと多様性 建機大手コマツも協力

伐採が進んだ熱帯の森。インドネシアでは、地元の木々を使い、多様性に配慮した植林で回復する取り組みが進んでいる。そこで欠かせないのは、キノコの力。森の再生には日本企業も協力している。(石井徹)
ジャワ島西部、東洋最大規模と言われる植物園など農林業の研究拠点になっているボゴール市。そこから、西に30キロほど行ったところに、グヌンダフ研究林はある。標高650メートル地点からの眼前には、丸みを帯びてこんもりとした熱帯雨林の風景が広がっていた。生い茂った森は原生林のように見えるが、1997~2000年に植えられた約20万本の人工林だ。一帯にはハイキングコースやレクリエーション施設もあり、週末にはジャカルタからの観光客でにぎわう。「この木がこの森のマザーツリー(木々が栄養分や情報をやりとりするネットワークの中心となる巨木)だね」

インドネシア・ボゴール郊外で再生したフタバガキの森。木々の情報ネットワークの中心になる大きな木(マザーツリー)がある
インドネシア・ボゴール郊外で再生したフタバガキの森。木々の情報ネットワークの中心になる大きな木(マザーツリー)がある=2024年12月、石井徹撮影

スコールや蚊の襲来に見舞われながら、草をかき分けてたどり着いた先に、直径約70センチ、高さ20メートル以上のフタバガキ科の木が立っていた。

住民が喜んだ理由

案内してくれたアトック・スビアットさん(66)は誇らしげだ。当初からここの植林にかかわってきた元森林官だ。ジャワ島には原生林はほとんど残っておらず、以前は、木材用などのために大半が伐採され、乾燥したはげ山同然の丘だったという。

そんな場所にできた広さ250ヘクタールの研究林で、27種のフタバガキ科の木が育っている。「森が再生したことで、きれいな水を確保できるようになったと住民は喜んでいる」

インドネシアでは、アカシアやユーカリなど外来種の植林が主流だった。しかし、ここでは地元の樹種を使い、土の中にいる菌根菌も一緒に持ってきて苗木を育てた。最新の科学を生かし、生物多様性に配慮した森林回復が特色だ。

森の向こうには棚田が見えた。かつては、雨が降っても、水はあっという間に表土を流れ落ちていたが、現在は森や泉にとどまるようになり、住民の農業用水や生活用水として使われているという。

「ここにキノコがあるでしょう。彼らのおかげで森は健康に育っている」

植林を進めてきたインドネシアの森の木の根元には生えるキノコ。木々の成長に菌根菌が重要な役割を果たしている
植林を進めてきたインドネシアの森の木の根元には生えるキノコ。木々の成長に菌根菌が重要な役割を果たしている=2024年12月、インドネシア・ジャワ島西部ボゴール市郊外、石井徹撮影

インドネシア国家研究イノベーション庁のママン・トルジャマンさん(59)が、木の根元に生えているキノコを指さした。

ブルドーザーを売るだけでなく

グヌンダフの森の再生は、インドネシアの森林研究開発センターと地元の林業公社、日本の建設機械大手のコマツが協力して進めてきた。

1990年代に入ると、世界各地で森林減少が問題になった。コマツは、伐採した木を搬出するブルドーザーなどを売ってきた。このため、林業にかかわるメーカーとして熱帯雨林の再生に取り組んだ。

その後、インドネシアでは伐採規制が進み、1997年に約3000万立方メートルだった天然林伐採許可量は、2000年以降、年間1000万立方メートル以下になった。政府が掲げた森林政策には、森林火災や違法伐採の対策とともに荒廃地を回復する植林が含まれていた。

インドネシア・ボゴール市郊外、グヌンダフの森の前に再生は、インドネシアの森林研究開発センターと地元の林業公社、建機大手のコマツが進めてきた。看板には「KOMATSU」のロゴも
インドネシア・ボゴール市郊外、グヌンダフの森の前に再生は、インドネシアの森林研究開発センターと地元の林業公社、建機大手のコマツが進めてきた。看板には「KOMATSU」のロゴも=2024年12月、石井徹撮影

現地で「メランティ」と呼ばれる木を含むフタバガキ科の木々は、インドネシアを代表する樹種だ。その森は生物多様性に富み、熱帯産の木材であるラワン材などに加工されて経済的な価値も高い。幹の下部がスカートのように広がり、高さ50メートル以上になることもある巨大な木は、熱帯雨林の象徴と言える。いくつかの種類は、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧種に指定され、保護や再生は喫緊の課題だ。

「壁」を破った菌根菌の力

だが、フタバガキ科の人工植林には壁があった。数年に1度しか種子をつけず、発芽能力がすぐに失われるため、苗木を安定的に用意することが難しかった。可能にしたのは、菌根菌を利用した挿し木増殖法だった。親木の枝を切り取ってクローンの苗木を育てるポットに、親木の近くにある土を入れるのだ。

フタバガキ科のほとんどの樹種は、菌根菌と共生関係を持つ。発根した苗木に菌を感染させることで、栄養分の吸収を促進し、乾燥や高温、酸性土壌に対する耐性を強化することができるという。

インドネシアの在来種であるフタバガキの苗木。菌根菌を利用して育てている
インドネシアの在来種であるフタバガキの苗木。菌根菌を利用して育てている=2024年12月、インドネシア・ボゴール、石井徹撮影

フタバガキ科の森再生プロジェクトは、ほかの研究林でも実施され、菌根菌を使った育苗技術は、泥炭地や山林火災で荒廃したインドネシアのほかの森林の回復事業にも生かされているという。

プロジェクトリーダーを務めてきたコマツグリーン事業(林業・農業)推進本部フェローの坂井睦哉(ちかや)さん(62)は「森林生態系の維持や木材産業の経済的な発展にとって、菌根菌を使ったフタバガキ科の森の再生は欠かせない」と話す。

トルジャマンさんは言う。「この森でも、マザーツリーのような大きな木は、菌根菌を通じて周りの木とコミュニケーションを取っていて、病気になった木をサポートするようなことがある。菌根菌がいなければ、その木は枯れてしまうかもしれない。菌根菌は欠かせないパートナーなのです」

木とキノコ(菌根菌)の地下のネットワーク
木とキノコ(菌根菌)の地下のネットワーク

 

引用元:https://globe.asahi.com/article/15612872